編集Sの日誌 2020年4月

4/2(木)
「萌え」という言葉をあまり聞かなくなった。
死語になったのかな。

4/5(日)
娘と散歩。近所の寺、神社を4軒回る。
夜はかますを焼いて食った。
そして妻にこのサイトを見られた。

4/7(火)
「Tranquilized Magazine」の用字表記をまとめたいと思い、下書きに記した。
明日、もう少し加える。

4/9(木)
今日から会社の仕事がテレワークになった。
約1カ月前からテレワークしている妻と2人きり、お互いに仕事をしながら家にいるというのは奇妙だ。
コワーキングスペースで働いてるよその会社の人、という感じ。
薄暗く狭い自室で仕事をしていると気が滅入るが、外に出れば春の陽気。煙草を一服する時間が憩いである。
午後、娘(3歳)が来週から通う予定だった幼稚園が、5/6まで休園するとの連絡あり。一気に家族会議モードに。
今日はWitchslaughtで出演予定だったライブイベントの中止もアナウンスされ、いよいよ“コロナ禍”が身近に迫ってきたという印象。
明日から、娘が家にいる状態でテレワークが成立するのか。それが目下の懸念事項である。

4/10(水)
今日から夫婦でのテレワークに娘が加わった。
娘が運動不足になってストレスが溜まらないように、夫婦交代でレクリエーションの相手をする取決めに。
どうせなら何か意味のあることをやるのがよろしかろうと、補助輪つきの自転車と、花の種を買ってきた。
明日、ホームセンターで植木鉢や土を見繕いたい。

今までは通勤、退勤時の電車で読書していたのが、テレワークを行うことによってその時間がなくなった。

幼稚園は休園となり、妻子が常にいる自宅だと、どうにもじっくりと腰をすえて読書する気になれない。一人にならないと集中できないのは、たぶん俺が一人っ子だから。

かといってコロナ禍の下、喫茶店に行くわけにもいかない。家の前の図書館は休館中。

飯を食えなきゃ飢え死にだし、金がなくなりゃ社会的に死を迎えるが、本が読めなきゃ精神の死を招く。長い目で見れば職業人としても死亡だ。

読書は意識的に行う必要がある。というわけで朝活を始めた。

4/12(日)
妻が空間を掌握する能力はすごい。妻の機嫌は、そのまま家の雰囲気となる。

我が家では(ほぼ物置きである)自室と私の作業場であるキッチン(料理は基本的に私の仕事である)を除く、リビング、妻子の寝室、ベランダ、廊下、トイレは妻の管理下におかれている。

家具などのコーディネートもすべて妻が行った。そこに私の物を置きっ放しにしたり、備品の配置を変えたりすると瞬く間に圧力をかけられる。

リビングの椅子にふんぞり返ってテレビを見ることなど、夢のまた夢。私が妻の空間に身をおくことをかろうじて許されるのは、家事をしているときと娘の相手をしているとき、そして記念日になにか贈りものをした後の数時間くらいのものだ。

妻からの私に対する「清潔でいろ」「身だしなみを整えろ」という不断のオーダーは、かつては「きちんとしているあなたは素敵よ」という交際時代の甘い感情の名残りかと思っていたが、どうやら違うらしいことに最近気づいた。

私は妻の空間に生息し、ときおり妻の視界に入ることがあるペット的な存在(もしくは、ゴキブリよりはその存在価値を肯定されているハエトリグモ的な存在)であり、いわば家の「備品」なのであって、その備品が妻の美的センスや衛生観念にそぐわなくなれば、ポイッと粗大ゴミに出されてしまうのだ。

4/15(水)

話題の『スウェディッシュ・デスメタル』(パブリブ)!
英語版(=右)と2冊並べると、圧巻の存在感。判型はコンパクトになりましたが、厚みは増しています。引きこもっての読書に最適ですね。

同国のデスメタル、とくにNihilistに代表されるストックホルム系の音は、ハードコアパンクと地続きのところにあると思っています。
そのあたりにも触れられているので、私もかつて「メタルパンク」的なものを探究していた折には勉強させてもらいました。

そういえばWitchslaughtは、おそらく、自分から「メタルパンク」と名乗ったことはないような気がするのですが、そのように評されることが多いですね……。

4/16(木)

観音様までマスクをしてるご時世かよ。

4/18(土)

■取材する側よりされる側になりなさい(新・天骨中毒)

ほんとにこれ。
といっても、取材することをなりわいにしているからどうしようもないが。

自分が取材者であるということは、取材対象との距離感は案件ごとに様々だが、
どこまで行っても当事者にはなれないという点で無念を感じることはある。
色々な物事を取材させて頂く日々は変化に富んでいて面白い反面、
何か1つの道を極めた専門家になることはいつまでもない。

これが普通の実業なら継続していくことで、
生産ラインを整え、販路を拡大して……と、基盤が盤石になっていく実感が得られると思う。
所属する会社まで拡張して考えればそれは自分もそうだが、
自分一人のリソースということに限定して考えれば、
取材の日々を通して得られるものは、
人脈、業界に関する知識、取材時の呼吸みたいなもの、原稿を書くスピードと質……というような、数値化できない無形のものばかり。
まぁ書くことの専門家、といえばそうなんですけど、なんと心許ない資本であることか!

しかし、大学4年のときの就職活動で受けた(落ちた)ある新聞社で、
記者職の社員が「記者は3日やったらやめられない」と言っていたのは、本当だな。
日刊紙だともっとすごいんだろうが、自分が従事している週刊紙でも、
常にアドレナリンが出ているような状態で、要はジャンキーになる。
足を洗うのが難しい、ヤクザな商売である。

4/19(日)
妻が、俺の作った煮物を美味い美味いと感動して食べていた。

当ったり前だい。具材を胡麻油で念入りに炒めて塩胡椒し、鶏肉には焼き目までつけ、醤油・酒・みりんを1対1対1で、表面が照り焼きみたいになるまで煮詰めた煮物は美味いに決まっている!

まあ、誰にでもできるんだけどな!
それにしても、加藤の日誌もそうだけど、料理の記事が多いウェブジンだな。

4/28(火)
加藤が俺の日誌を受けて煮物の話を書いていたので。

煮物に味を染み込ませるためには、落とし蓋が肝心だ。
落とし蓋がないときは、キッチンペーパーで代用できる。

お試しあれ。

4/30(木)
神社にエロ本の切れっ端が落ちていた。

今どき珍しいと思った。

加藤がこのサイトの略称を「トラキラ」と書いていた。
まぁ呼び方なんぞ人それぞれで良いと思うが、「トラキラ」はなんだか萌えアニメみたいだな。
「トラ☆キラ」とかね。ちょっとセンスが一昔前だ。