芳賀書店三代目、セックスを語る!

東京・神保町を代表するアダルトショップである、芳賀書店。1936年に巣鴨で創業。かつては出版事業も手がけ、神保町に3店舗を展開していたが、現在は本店のみが営業している。

創業者・芳賀章氏の孫である英紀氏は、同社の3代目。学生時代はプロの歌手を目指し、事務所に所属していた過去をもつ。SEXセラピストとしてコーチングや講演活動を行い、メディアへの露出頻度も高い有名人である。

今は専務を務める英紀氏が2002年に3代目社長に就任したとき、同社は赤字経営を続け、11億円もの負債を抱えていた。その後、英紀氏のもとで紆余曲折を経つつも負債をほぼ返済して黒字化し、事業の幅も広げてきた。

そんな同氏に、19年に開設したウェブメディア「HAGAZINE」、音楽、性の問題、アダルト書店経営などについて話を聞いた。
(聞き手・杉本 憲史)

※ 第1回「芳賀書店三代目、ウェブメディア『HAGAZINE』を語る!」はこちら
※ 第2回「芳賀書店三代目、音楽を語る!」はこちら

■セックスには覚悟が必要

――最近、特殊なセックス(SMやアナルオナニーなど)のハウツーものの書籍がよく刊行されていますよね。

徐々にニーズが上がっています。売上げは伸びていますし、出版社が伸ばそうとしているとも感じます。

最近も、「気」を使ってノータッチでイかせる本が出てきましたからね。

実は、僕もそれができるんですよ。女性の脳がもつ妄想力を活用して、脳をハッキングしていくんです。家内は、僕が目を合わせているだけでもイッたり潮吹いたりします。まぁ、それは上級テクニックですけどね。

あと、マッサージのテクニックはセックスの体術にも繋がるので、大事だと思います。家内に毎日マッサージしてますよ。

なぜそれが大事かというと、あまりセックスをしていない人って、直線の動きを使いたがるんです。手マンにしても。でも、人間の体に直線の部分ってないんですよ。曲線しかない。よくセックスカウンセリングでも言うんですけど、「(ひねるような指の動きを実演しながら)手の動きはこうだよ」って。

人の痛点に寄り添わないといけない。例えば僕が器だとすると、いかに女性がそこに収まるかなんです。そこからこぼれたら、女性は急に怒るんですよ。水のようでもある人間の体と心の声をキャッチして適切に責めないと、“果て”は来ない。

イッたことがない女性で、僕でイかなかった人はいないんですが、結局イかない人って、イったときの自分が怖いんです。どういう顔になるのか、どういう反応になるのか、それを相手に見せるのが怖いんですよ。だから、ちゃんと信頼してもらえるように、「大丈夫だよ。君がどんなになっても僕は引いたりしないし、そういう顔を見せてくれることが喜びなんだよ」と伝える。

プレイ中に、言葉と心情が一致する状態になったときに信頼が生まれて、「この人なら見せてもいい」となるとイくんです。女性の体はとても敏感です。触覚だけではなく、男性の本性や心の声に対しても。男性がただ出したいだけなのか、イッてほしいのか、一緒に果てたいのか……ということに。この事実を感覚知としてもっていないなら、女性とセックスしないほうが良いと思います。

だって、セックスってリスクがあるじゃないですか。そのリスクも含めて楽しむものなので。種の保存のための必須の行為でもありますけど、した時点で業が深い関係にもなるので。男性としては性病や妊娠に伴う責任をとる覚悟が必要です。スキンをしてもピルを飲んでも、これは起こり得ることですから、その覚悟があるのか、という点は男女ともにもう少し考えるべきですね。

――さすが、そこまで考えてこそのアダルト書店経営ですね。

ですね。そうでないと、ただただ罪を商売にしている感じがするので。

■アダルトコンテンツは現実の“半歩先”がいい

――芳賀さんが店を継いでから、社会の動向にあわせてトレンドや商材のシェアも変わってきたと思います。雑誌のジャンルとか。昨年8月末で、多くのコンビニがいわゆるエロ本を扱うのをやめました。ここで売られていたエロ本の多くは、アダルトビデオからのキャプチャ画像とサンプルDVDが付いているような雑誌でした。こうした雑誌はどうですか。

00年頃に、雑誌にDVDが付き始めたのが変革期です。そこからずっと、アダルトビデオメーカーとの繋がりのもとに、映像素材を流用して誌面を埋めるような編集の雑誌が販売されてきました。

100万円も出せばオリジナルコンテンツの1つもつくれたはずなんですが、それをやるところがほぼなかったことが、エロ本の価値を減じていく原因になったと思います。「DVDを付ければ売れる」ということだけに目がいって、文章で読ませることがおろそかになった。

文章で妄想を駆り立てるような書き手重視の構成でなくなってしまったことは、エロ本にとって痛手だったと思います。

当時、コンビニでの流通は厚くなりました。商業としては正しかったんでしょうが、大手コンビニの意向にあわせて雑誌をつくらなくちゃいけなくなったということが、雑誌から性格を奪ってしまった。これでは売れなくなっていくのは明らかでした。

「コンビニにうまく使われてしまったな」と思います。それでも、そうしたエロ本が売れるのであれば、コンビニがエロ本販売から撤退することはなかったんだと思っています。結局、販売部数が落ちているときに、「東京オリンピック」という都合の良い謳い文句があって、撤退した企業はあるのではないでしょうか。これには色々な見解がありますが、僕はそう思っている。

芳賀書店では、フランス書院の官能文庫や、コンビニには配本できなかった「新生ニャン2倶楽部」(マイウェイ出版)、「アップル写真館」(大洋図書)、「マニア倶楽部」(三和出版)のような読者交流型雑誌などは、ずっと売れ続けています。文章にこだわりをもっているエロ本、と言いますか。

――やっぱり、丁寧にものづくりすることが大事?

ですね。あとは、「エロってなんだろう?」ということ。

メーカーから映像を借りてしまうと、「アダルト」というよりも「ポルノ」になってしまう。映像分野ではそれがより進んでいて、物語で魅せるよりも即物的なエロさを表現したものになってしまっている。

「ポルノ」って、1回見れば充分なんですよ。「アダルト」の良さは、思い出してまた見たくなったり、捨てられなかったり、自分に刺さったり、というところにある気がします。

世界的に見ても、日本はアダルト大国として評価されています。「ポルノ」にすれば楽に儲けることができますけど、せっかく日本が培ってきた「アダルト」という文化を、きちんと捉え続けなかった結果が今だと思います。

「ポルノ」で描かれていることは、ユーザーにとっての2歩、3歩先なんです。実現が難しいということです。

昔のエロ本やエロビデオの良さは、これが半歩先だったんだと思うんです。もう少し頑張ったり、自分が変わりさえすれば、こういう体験ができるんじゃないか、というような作品が多かった。

でも今のメジャーレーベルが出す映像は、「これどうやるの?」と思わせるような作品が多い。体位でも、環境面でも、技術面でも、再現できたとしても劣化版にしかならないような。

これだと、夢がないんです。僕が意識しているのは、映像も文章も先に行きすぎないこと。つまり、半歩先。アダルトカルチャーにおいては、とりわけ大事だと思います。そうでなければ、ユーザーはそれを追い続けないからです。だからいま、動画共有サイトの素人っぽい動画に流れていってるんですよ。

あと、ポルノやアダルトが禁止されたり、エロからストーリー性がなくなって即物的な欲望を満たすためのものばかりになったりすると、レイプが起こる危険性が高まる気がします。

日本はその点で、やはり世界で有数の安全な国だと思います。アダルトビデオのレイプものと本物のレイプは、まったく違います。本物のレイプは悲惨ですよ。しかし、レイプものがあることで抑えられた欲望があると思います。痴漢や盗撮もそうです。

そうした素人や一般人には手が出せないような、もしくは手を出してしまったら犯罪になるようなものを、僕らアダルト業界人が丁寧に描き、販売することで犯罪を抑止できていた部分があると思います。そのような作品がいま、出せなくなってきている。

業界人の多くは「時代の流れ」という言い訳をするんでしょうけど、その流れをつくったのも、販売店を含めた僕らの責任です。

僕は講演会などで、改めて「性とはなんぞや」とか、「性教育を見直す」ことを訴えています。いま販売されているポルノ的映像が性教育の題材になってしまうと、恐ろしいことが起きると思っています。

そもそも、男性や女性である前に人間なのに、そこを見ないで男性と女性が戦い合う世の中になりつつある気がしていて、とてもナンセンスだと思っています。

男も女も、一言でいうと、粋じゃなくなった。無粋になってしまった。男だったら、「見栄を張る」とか「女性を守る」とかいう価値観ですね。男性は女性を守り、同時に女性も男性を守るというのが、本当の相乗効果だと思うんです。

例えば、女性が男性に惚れちゃったから男性の好きなようにさせてしまい、男性がそれに甘えてしまう、というのはろくなことが起きない。

男が女を守り、女も男を守る。そういうあたり前の循環が行われなくなってきた今の日本は、性の領域だけにとどまらず、文化が崩壊しつつあるのではないでしょうか。

僕個人や芳賀書店がこの状況にどこまであらがえるかはわかりませんが、少しでも抑止し、文化の保全や向上にどこまで貢献できるかというのを、命題としてもたなければいけないと感じています。

今後も、アダルト商品の販売で生計を立てていくということは、「女の股で飯を食っている」ことだという自覚をもたないといけない。男性としては、そう思うところです。

男女の関係性の話に戻れば、勝ち負けではなくどれだけ思いやり合えるかだと思います。

性差別やLGBT差別などで1回傷を負うと、どこかで消化しないとフラットになれない、というのはわかります。しかし、今後も現実に男女差別やLGBT差別は起こり続けると思います。男性のなかでも、性癖による差別みたいなことはあります。

差別と区別は違いますし、利用と活用も違う。差別や利用はいけませんが、区別は仕方がないですし、できるだけお互いに活用し合っていくべきである。そういうマインドをもつ人に増えてほしいですね。

■「社会の歯車として、ちゃんと進化しようぜ」

――男が女性を守って、女性が男性を守る、というのは賛否両論ありそうな主張ですよね。

だからいま、フェミニストの方々から狙われてますよ(笑)

でも、「どうぞ噛みついてください」って感じです。それでそういう人たちが癒されるのであれば構いません。

僕自身は、僕が利用されたとしても腹を立てることはないですよ。そのかわり、僕を利用して傷が治ったのなら、その分あなたの周りにいる人たちの傷を癒してあげてください、という姿勢です。どれだけ攻撃されても、僕の理屈を変えるつもりはありません。

僕は子どもを2人授かって、運良く立ち会うことができました。赤ちゃんが生まれたら、母体に乗せるじゃないですか。そのとき「蚊帳の外だな」って感じたんです。家族ではあるんですけど。母親と子どもって理屈抜きに一枚岩で、認めざるを得ないパワーがあるんです。

そうしたなかで、僕という存在を家族として認めてもらうには、どれだけ彼らの盾になれるか、その2人がどれだけ豊かに生きられる環境をつくるか。それをまっとうできなければ、「いらないよ」と言われてしまう存在だと思っています。

やはり、「俺が食わしてやってるんだ」とか、そういうことを言ってはいけないと思います。役割の違いでしかないので。

僕は、女性が働くことは大賛成です。ただ、子どもを産んだあとは男性も含めて、しっかり仕事を休んだり、子どもに愛情を注ぐことに集中してほしい。これは根源論です。そうでなければ、子どもが犠牲者になってしまう。

今の僕が存在しているのは、愛を受けることができたからこそです。それは親からだけではなく、友人や恋人、妻も含めて。

とくに幼少期の子どもは敏感だと思います。愛のような可視化できないものを感じた体験は、記憶には残らないのかもしれませんが、細胞レベルで覚えているのではないでしょうか。後に結婚したときなどに、「なんかこの感覚覚えてるな」というふうに思い出せたりする気がするんです。

そういうことを僕ら大人は自覚するべきです。個人主義も良いですけど、もう少し人類全体のレベルでとらえていきたい。

しょせん僕はいずれ死にますし、人間ならみんないずれ死ぬ。社会を紡ぐ歯車でしかないなかで、先人がつくってきた環境に僕らは生きている。ならば、「より良い社会とはなんだろう」と考えながら、その社会における歯車としての自覚をもちながら、歯車としての役目を追求していくことが進化だと思います。ちゃんと進化しようぜ、と言いたい。

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※「アダルト書店経営編」は、出版業界専門紙「新文化」3308号(2020年2月20日、新文化通信社刊)に掲載。
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芳賀書店 本店
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