東京・神保町を代表するアダルトショップである、芳賀書店。1936年に巣鴨で創業。かつては出版事業も手がけ、神保町に3店舗を展開していたが、現在は本店のみが営業している。
創業者・芳賀章氏の孫である英紀氏は、同社の3代目。学生時代はプロの歌手を目指し、事務所に所属していた過去をもつ。SEXセラピストとしてコーチングや講演活動を行い、メディアへの露出頻度も高い有名人である。
今は専務を務める英紀氏が2002年に3代目社長に就任したとき、同社は赤字経営を続け、11億円もの負債を抱えていた。その後、英紀氏のもとで紆余曲折を経つつも負債をほぼ返済して黒字化し、事業の幅も広げてきた。
そんな同氏に、19年に開設したウェブメディア「HAGAZINE」、音楽、性の問題、アダルト書店経営などについて話を聞いた。
(聞き手・杉本 憲史)
■「ウソがない媒体にしよう。等身大であり続けよう」
――2019年4月、ウェブメディア「HAGAZINE」を開設しましたが、その意図は?
きっかけの1つは、ここ10年くらい雑誌界で若者向けのカルチャー誌が力を落としていることです。出版業界の人々は、若者が雑誌を「買わなくなった」「読まなくなった」みたいなことをいう。しかし、小売店としても元出版社としても、若者が雑誌を読まなくなったのは我々に責任があるのではないかと思ったんです。
私の妻は平成生まれです。彼女と付き合っていくなかで、「本や雑誌を読んで自己問答したり、この人を目指したいとか思った経験ある?」って聞いたら、「ない」と言われたんです。それはとてももったいないと思いました。そうした経験から、平成生まれの人々を対象に意識調査をしたら、約90%の人が妻と同じく「ない」と。
残りの10%くらいの「ある」人々は、苦しんで苦しんで、答えを探していたり、「私が苦しんでることが間違いじゃない」と思いたい人々だったりする印象でした。なので、彼らの思いに応えるために、とりあえずやってやろうじゃねぇかと始めたのが「HAGAZINE」です。
そこで1つ誓ったのは、「ウソがない媒体にしよう。等身大であり続けよう」ということ。足し算も引き算もしたくない。
今後、例えばスポンサーとして大手飲料品メーカーが手を挙げてくれて、「うちのペットボトルのお茶を紹介してください」となったとします。
そうしたら僕は、「ごめんなさい。あれはお茶じゃないです。重曹で色を押し出してビタミンCを添加したものであって、お茶らしきものではあってもお茶ではないので、お茶としては紹介できません。一方で、大手メーカーなのであれば、社のどこかに“本物”をおもちですよね。それならご紹介できます」と回答する。そういう媒体にしていきたいんです。
ですから、スポンサーをとらず、まずはマネタイズを無視したメディアをやることから始めています。
いま成功しているウェブメディアの多くは、紙版と連動させている。そうしたなかでウェブ版だけでやっていくためには、まずノーガードで始めて、嬉しさやしんどさを感じながら、そこに呼応して下さる人々や企業と初めて連携していく――という風にしないと、本当の意味で正しいメディアが構築できない気がしました。まずは投資ありきだろうと。そうして始めたのが「HAGAZINE」です。
そうじゃないと、若い子にも届かないでしょう。その観点からすると、今の「HAGAZINE」は読者にとってまだ不親切な部分があると思います。堅い記事の比重が高く、その割に専門用語などについての注釈なども、編集レベルで不足しているところがあります。
いまの若い子だったら、中学生くらいから「HAGAZINE」を読み始めると思います。ところで、「インテリジェンス」と「ワードインテリジェンス」って別ですよね。中学生って、インテリジェンスが高くても、ワードインテリジェンスが足りないから、専門用語がたくさん出てきたときに、「これを読んでる俺かっこいいぜ」ってなっちゃう気がするんです。
僕が本当にしてほしいのは、自問自答。そこで得た知見をヒントに、いつか読者自身が高まるような媒体にしたい。だから、難しい表現など、読むうえでのハードルが高い記事が増えすぎることは、ウェブの無償媒体として、果たして正しい形なのだろうか、とも思ってしまいます。もちろん、専門的な議論は大事なのですが、グラデーションの濃淡の幅を広げていきたい。同じマスターベーションでも、正しいマスターベーションに誘いたいと言いますか。
もっといえば、「読者とつくり手がともに育つメディア」というのが、「HAGAZINE」の目指すところです。
出版業界の関係者は、カルチャーを生む存在です。しかし、あるカルチャーに加担したとしても、それを保全し、向上させていかなければ意味がない。
例えば読者の食欲を刺激するような記事であっても、「食べたい」という欲望を喚起するだけではなく、「実際に食べてみる」という選択肢を提示していく必要がある。ただ読者の想像だけを駆り立てておいて、いつか彼らが現実をみるときに「どう対処すれば良いの?」ということにならない必要がある。そこはやはり、発信側がどれだけその問題にコミットする覚悟をもっているのか、ということが問われるのだと思います。
「読者が喜んでいれば良いじゃないか」という言い訳もありますが、メディア側としては、「そのカルチャーに触れて、最終的に良かった」と思ってもらえるようにならない限り、カルチャーや読者を単に「利用」してしまっただけのことになってしまう気がします。
私は、「利用」と「活用」には大きな隔たりがあると思っています。「利用」ではなく、どこまでも「活用」し合える読者とメディアの関係性である必要がある。現実にはなかなかうまくいかない面もありますが、その理想を追い続けることが、メディアを運営する側の責務であると思っています。
とくに、今回「HAGAZINE」を始めたときに、「メディアとは何か」という根源的な問いに直面しました。
いまは閲覧無料でやっていますが、無料であることの残酷さや無責任さを痛感することは多いです。よく、「タダほど怖いものはない」っていうじゃないですか。小中学生も読めてしまうものなので、「彼らにちゃんと寄りそえているのか」と、編集担当者と喧嘩しながら模索しています。
――開設のタイミング的には、「バースト・ジェネレーション」(東京キララ社、2018年12月刊)が創刊された直後ともいえるかと思います。東京キララ社の中村保夫社長の連載もありますし、前身の雑誌である「BURST」(白夜書房、後にコアマガジン)や「バースト・ジェネレーション」の関係者も書いている。「バースト・ジェネレーション」との連動という意図もあったのですか?
そういう狙いはないです。
あえて東京キララ社との繋がりを見出すとすれば、同社が「ヴァイナル文學」シリーズ(現地へ足を運ばないと購入できない、綴じられていない本をビニールに梱包して売る文学シリーズ)を出したときに僕も協力したんですが、たまたまそこに「HAGAZINE」の現編集担当である辻陽介が携わっていたんです。
そうしたことから、傍から見ると「東京キララ社とコラボしている」ように見えると思いますが、「HAGAZINE」は「HAGAZINE」なんですよ。
■”文化の繋ぎ目”を目指す
――更新頻度は?
実は、ややムラがあるのが現状です。取材音源は何本もたまっているようですが、構成が追いついていないところもあり、たとえば今月(2020年1月中旬時点)は2本くらいしか出せていません。これはいま、検討課題になっています。
「HAGAZINE」と謳ってるんだから、“Magazine(雑誌)”じゃないですか。だからムラッ気は本来出しちゃだめだろうし、「何曜日にアップする」という点も、本当はきちっとやっていきたい。より“Magazine”らしくするためにどうするべきかということが、いまの検討課題です。デザインから抜本的に考える必要がある。記事が先着順に上がっているため、読みたい記事が探しにくかったりするので。
あとは、アクセスログの解析をより精緻に行い、いま届いている層、届いていない層がどこなのか、届いてる層により喜んでもらうためにはどうすべきか、ということを考える必要がある。
記事の方向性を変えるつもりはありませんが、よりグラデーションを増やして、より多くの人に深く染み込むようなメディアにできたら良いなと思っています。一生投資し続けることもできないので、マネタイズについても本格的に検討していく必要がある。
――月間のページビュー(PV)とユニークユーザー(UU)は?
その月に出す記事によりますが、PVは月に30万~80万くらい。1回だけ、昨年8月に100万PVに到達したこともあります。UUは約3万人です。
――読者層は?
男女比はほぼ半々です。芳賀書店のメディアなので、30代以上が8割くらいかと思っていたのですが、20代が4割くらいと、想定より若い子が多いです。これは嬉しいエラーでした。だからこそ、より分かりやすい言葉を使うことが僕らの使命であろうと感じます。
一方で、若い子がメディアにお金を払うイメージがあまりないので、20代以下を相手にマネタイズするのが一番難しいだろうと考えています。
「HAGAZINE」の重要な機能だと思っているのは、“文化の繋ぎ目”になるということです。僕が38歳で、辻が36歳。ちょうど、ヤンキーやギャングがいるかいないか、雑誌がカタログ誌に変化するかしないか、という変革期なんです。ここで、諸先輩方がつくってきた出版業界の流れを、若い子たちにいかにまろやかに繋いでいくか、というのは僕らの世代のひとつの命題だと思っています。
若い読者にとくに注目してほしいのは、吉山森花さんのフォトエッセイ。すごく人間っぽさが浮き出ていて私は好きです。年齢的にも30歳と若く、瑞々しいなと感じる。20代が今後経験するであろう自己問答や被害者意識を経つつ、最終的には自分の生への感謝に回帰していくというところも実に魅力的です。
今後もこうした素晴らしい書き手をどんどん増やしていきたいと思います。そうすれば、上の世代の人にも「若い子には若い子の悩みがある」ということが伝わりますから。
■読者に「なにかひとつ極めよう」と伝えたい
――対象読者層は、20~30代を想定している?
いまのトーンが続くのであれば、20~30代以上に限定されざるをえないかな、という感じはしています。もっとグラデーションをつけ、前提の知識がなくても理解しやすい記事を増やしていくことで10代にも届きうると思いますし、目標はそこですね。根本的な人格形成は10代のうちになされるものだと思っているので。
――「HAGAZINE」を通して読者に伝えたいことは何ですか。
「なにかひとつ極めよう」ということですね。誰しも、求道者になる前に自分が目指す道を見つけたいじゃないですか。そこには色々な心の紆余曲折がある。
僕も昔、歌手になろうとして歌をやっていました。歌を始めたきっかけなんて幼稚なものです。「上手い」って言われて、歌手になればモテるし、売れれば儲かるし、良いじゃん、みたいな。
でも真剣にやり始めたら、そうした最初の幼稚な動機は消えて、音の深さに触れたりとか、「自分はどこまで表現できるのか」「音のプロってなんだろう」ということを考えるようになって。
「自分が全力を注げる道を、まず見つけることが大切」ということが、「HAGAZINE」のテーマの1つです。
もちろん、道を見つけたら終わりなのではありません。その道のプロになる必要がありますし、人としてもプロでなくてはならない。では、「人としてのプロってなんだろう」「職業としてのプロってなんだろう」ということも、また正解がない旅です。この2つのプロ意識がエンドレスに回り続けることが、個としても社会で機能する人としても大切な考え方だと思っています。
若い子には、そこを常に意識していてほしい。くじけそうになったときには「HAGAZINE」を読んで、「自分とは別の道だけど、そこでもがき苦しんで、答えを安直に出さずに頑張っている人たちがいるんだ」と思ってもらえるような媒体であれたら良いな、と。
入口であり、出口でありたい。すごくわがままな媒体なんですけど。
※「HAGAZINE」はこちら。
※第2回はこちら
※第3回はこちら
※「アダルト書店経営編」は、出版業界専門紙「新文化」3308号(2020年2月20日、新文化通信社刊)に掲載。
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芳賀書店 本店
〒101-0051
東京都千代田区神田神保町2-7
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