【8/31更新】みんなが幸せになる「魔法の言葉」 編集Sの日誌 2022年8月

8/10(水)

宇佐見りん『くるまの娘』(河出書房新社、2022年刊)

文藝賞&三島賞W受賞の鮮烈なデビュー作『かか』、芥川賞受賞作で50万部超のベストセラー『推し、燃ゆ』の次なる作品として最初に見たときは、「なんと地味な……」という印象を抱いたが、思い返してみると前2作も決して派手な読み味の作品ではなかった。

暴力、暴言、虐待、DV、ハラスメント。
こうしたテーマに関してはとかく被害者の声がクローズアップされがちな現代だが、場合によっては加害する側にも、加害にいたるまでにすり減らした「何か」があったはずだ。
実社会において「主張」として発信すると炎上しかねない事柄だが、被害者側の洞察として小説の構成要素に組み込まれていると、すんなりと受け入れられる人は増えるのではないか。
極めて精妙なバランス感覚をもつ作家と思う。

全然性質の違う作品だが、乳児虐待死事件と裁判員制度を扱った角田光代『坂の途中の家』(朝日新聞出版、16年刊)を思い出した。

8/12(金)
夢の中の声「おや、寝付けないみたいだね。腹が立ったことやショックだったこと、はたまた未来への不安などから神経が高ぶっているようだ。でも気にすることはない。それらには、君を脅かす力はないのだから。なぜならば、実際に起きた事象だけが現実であり、腹が立ったとかショックだったとか不安だとか、そういうことは君が後から事象に意味を付した想念に過ぎないのだから。ただの想念には、君を実際に傷つけたり殺したりする力はないのだから。それでも想念に苦しめられて困っているというなら、こう考えるのはどうだろう。ネガティブな想念に力があるのならば、ポジティブな想念にも力があると認めないとフェアじゃないよね。君は両親に祝福されて生まれ、今は亡きお祖父さんやお祖母さんたちからも愛情を注がれた。君のことは我々が守る、君は大丈夫だ、君は困難を乗り越えていく力がある、そんなメッセージを君は君を大事に思う人たちから受け取ったことがあるはずだ。ネガティブな想念を反芻していたずらに自分を傷つける代わりに、こうしたポジティブなメッセージで心を満たしてみてはどうだろう。そして、君を怒らせた人やショックだった出来事を思い浮かべる代わりに、君を大事に想う人たちの顔を思い出してみたらどうだろう。父方のお祖父さん、お祖母さん、母方のお祖父さん、お祖母さん、お父さん、お母さん……。妻や娘も、日々の生活に追われている状態では距離が近すぎるゆえに時として君の心をかき乱す存在かもしれないけど、それはお互い様さ。決して敵ではないから、彼女らもラインアップに加えたまえ。そして千原ジュニアのことも……」

俺「なんでやねん!(千原ジュニア風に)」

せっかくうとうとしていたのに、千原ジュニア氏の顔が鮮明に脳裏に浮かび、突っ込みを入れたところでバッチリと目が覚めた! そのせいで結局朝まで寝付けなかった! ふざけるなよ、夢の中の声!

8/15(月)
お盆期間中、埼玉・茨城間を2往復、埼玉・福井間を1往復など下道ドライブを含む道中に聴いていたCD37枚のリストです。

私にとって車での旅とは、旅先で何をしたかということだけではなく道中そのものに意味があって、公共交通機関を使っての移動ではまず足を踏み入れないような都市と都市の間にある空間(郊外、山道)に身を置くこと、移り変わる風景に産業や行政の違いを読み取ること、風景の記憶とリンクするかたちで音楽を記憶に染み込ませること、絶えずもう一人の自分と自問自答すること……などなどを頭のなかでミックスし、創作活動(執筆や音楽など)にフィードバックしていくことに重きを置いているのです。

とはいえ他の人が投稿しているような鉄道での旅も羨ましく思っており、老後に免許を返納したらきっとそっちにシフトするでしょう。体力と危険認知能力が衰えるまでは車で走り回ります。

浜崎あゆみ「Party Queen」
Original Soundtrack「Persona3」
Rush「Exit… Stage Left」
Anderson, Bruford, Wakeman, Howe「S/T」
Glay「灰とダイヤモンド」
Motorhead「Jailbait」
Judy And Mary「The Power Source」
Abrasive Wheels「Black Leather Girl」
Asian Dub Foundation「Enemy Of The Enemy」
Iron Maiden「Brave New World」
Motorhead「Bastards」
スピッツ「Recycle – Greatest Hits Of Spitz」
乃木坂46「今が思い出になるまで」
B’z「The 7th Blues」
G.A.T.E.S「Total Death」
Hanoi Rocks「All Those Wasted Years…」
Amon DuulⅡ「Yeti」
Aphrodite’s Child「It’s Five O’Clock」
G.I.S.M.「Determination」
Toto「Ⅳ」
AKB48「1830m」
Anthrax「Alive 2」
City Indian「Howling On Fire」
Simon & Garfunkel「Sounds Of Silence」
Sabbath Assembly「Restored To One」
Speed「Starting Over」
L’arc~en~Ciel「Clicked Singles Best 13」
Glay「Beat Out!」
Split(Nightwings/B.B.Q.)「Monster Chaos Universe」
Speed「Rise」
乃木坂46「生まれてから初めて見た夢」
Motorhead「Live Neumarkt 1.3.1991」
G.A.T.E.S「Back From The Grave」
War Painted City Indian「Complete Discography」
Rush「Hold Your Fire」
山口百恵「惜春譜」
Speed「Best Hits Live」

8/17(水)

河谷史夫『記者風伝』(朝日新聞出版、2009年)

弾丸で京都出張。自動車で下道をゆくなら2日はかける道程を、2時間ほどですっ飛ばしてしまう新幹線に複雑な思いを抱きながら読んでいた。

朝日新聞の同名連載をまとめたもので、名記者とうたわれた様々な人物を紹介する。著者も朝日新聞だから、当然に朝日中心の人選だが、毎日・読売や記者出身の詩人なんかも載っている。敗戦前後の時代が多い。

各記者の文章が少しだけ読めるのだが、面白いのは記事のことを「作品」と称している点。情報を単なる情報として受け取りたい読み手からすれば、日々の速報・短報・雑報が「作品」であってもらっては困るだろうが、取材から執筆、整理を経て掲載にいたるまでの機微がわかる同業者や、殊にお腹を痛めて原稿を産んだ本人からすれば、まごうかたなき作品であろう。

ただしそれが誤報ともなれば、一生切っても切れぬ肉親の縁がついてまわるからなおのこと、語りえぬ思いを宿さざるをえないようだ。

「新聞記者は一、二を知って十を書いてはならない」(元東京編集局長・後藤基夫)

8/19(金)
【みんなが幸せになる「魔法の言葉」】

ちょっと出かけようとすると、よく妻から「ついでにスーパー/薬局で〇〇買ってきて」と言われる。

ときどき私になじみのないもので、見たことも聞いたこともなかったり、用途も形状もわからずどのコーナーに置いてあるのか想像もつかないものだったりする。

「あいよ」と愛想よく返事して出かけるも、店で見つからないということがままある。店員に聞けば教えてくれるかもしれないが、商品名をうろ覚えだったりするとそうもいかぬ。妻に電話をかけても出ない。

そんなとき、私が帰宅するや開口一番「アレ買ってきてくれた?」と問うてくる妻に、私はこう答えることにしている。「なかった」。

妻「ないわけないだろ」

私「なかった」

妻「○○コーナーは見たのか?」

私「いや、なかった」

妻「そんな馬鹿な。いつもそこにあるんだよ」

私「どうしてもなかった」

「(俺の目の届く範囲には)なかった」
「(そこは見ていないので)なかった」
「(きっと今日はたまたま)なかった」
「(何か怪異が起きたので)なかった」

万感の思いを込めて私は「なかった」を繰り返す。

この「なかった」は非常に便利な言葉で、商品を見つけられなかった己の落ち度をさらして自己肯定感を下げるでもなく、妻の説明不足をなじるでもなく、わかりにくい商品配置をしていたか在庫を切らしていた店をとがめるでもなく、自然と調和してこの世の無常をありのままに受け止めているだけだ(自ずから然る、ということだ)。

そうこうするうちに妻は私に何も期待しなくなり、欲しいものの説明を懇切丁寧にするか、そもそも私に頼まなくなる。これが、魔法の言葉「なかった」の効用である。

以前、「『●●サラダ』買ってきて」と言われたので、スーパーのサラダコーナーを探すも見当たらず、惣菜コーナー全域に目を通しても見つからず、諦めて帰ったことがある。私は迫り来る妻に「なかった」を3回くらい発して事なきをえた。

ちなみにこの「●●サラダ」は、サラダや惣菜のなかまではなく、全然性質の異なる、そういう商品名の何かだった(なんか説明されたけど忘れてしまったのでここにも詳しく書けない)。

8/30(火)
Fair Warning「Fair Warning」(1992年)

どうも今年は、新しい音源を購入することを極力控え、かつて聴いていたものを辿る追憶の旅を続けてしまっている。

このアルバムは前に聴いてから10年は経っていないと思うけど、久しぶりに聴くと染みるなあ。

中学時代、Black Sabbath、Deep Purple、Rainbowの3大ブリティッシュハードが私のヒーローではあったものの、某B!誌あたりが猛プッシュしてくるところの「ハードロック」であるFair Warningのようなバンドも、ご多分に漏れず好きであった。やっぱり中坊の耳にとっては、こういうのが「ハードロック」だった。

大学進学以降、自身の「ハードロック」趣味をBlue Cheer、Grand Funk Railroad、Mountain、Budgie、Cactus、Bang、Sir Lord Baltimoreあたりの、60~70’sプロトメタル的ヘヴィロック路線に舵を切ってからは、めっきりFair Warningみたいなメロディアスハード的なものからは離れていたのだが、とにかくメロディが極上なので染みるモンは染みるね! 中学時代の思い出補正があるからなおさら。

思い出補正を除いても、ウリ・ロートの実弟であるジーノ・ロートとZenoをやっていたウレ・リトゲン(Ba.)が始めたバンドであるという系譜からして、正しくジャーマンロックのメロディアスサイドの血筋を継ぐバンドなんであるよな。マニアックな意味でのジャーマン臭さ(70年代のScorpionsみたいな)は、かなり希釈された音ではあるけれど。

名盤中の名盤とされるこの1stアルバムは、多くのリスナーがその哀愁の旋律を悶絶ポイントとして挙げるものの、冒頭曲が意外にもAC/DCのような始まり方をするのが面白い。

中学時代か高校時代、実家でFair Warningをかけていたら、横で聴いていた母親が「この暑苦しいボーカリスト(トミー・ハート)は常に全力で歌いすぎているがゆえに、どこが曲の盛り上がりどころなのかわからない」と指摘してきた。

確かにトミー・ハートは、曲の静かなパートであろうとハードなパートであろうと、常に肺活量のすべてを発声に注ぎ込むような歌い方をする。

当時の私の耳からすればそんなことは当たり前のことで、母親の耳が肥えていないだけだと思ったが、後にそうでもないということに気付く。

大学時代、サークルでBlue Oyster Cultの“Astronomy”をコピーしたことがあった。そのときのドラマーは、普段ポストロックとかをプレイしている男で、“Astronomy”がバラード調に始まるところを捉えて非常に繊細なタッチのドラムをプレイしてくれたのだが、これがちっとも良くない。ハードロックのダイナミズムが完全に殺されておる。

ドラムのことはよくわからないから、一緒にWitchslaughtをやっているドラマーであるYuに相談したら、「その子、リムショットしてる?」と言う。リムショットなんて言葉自体その時初めて耳にしたし、一口にリムショットと言っても色々あるらしいのだが、ここでYuが言っていたのは「スネアを叩くときに、スネアの縁の金属の部分も一緒に叩いて大きな音を出す技」のことである。

さっそく次の練習のときに、ドラマーの子に「スネアは常にリムショットしてくれ」と言ったら、彼の常識では「常にリムショットなんてとんでもない!」ということだったらしくてひと悶着あったのだが、しぶしぶ彼が従ってくれたら楽曲にダイナミズムが生まれ、アンサンブルもグッと引き締まって格段に良くなった。

“Astronomy”を全部リムショットで叩くことが本当に正解なのかはよくわからないけど、ハードロック、ヘヴィメタル、ハードコアパンクなどの〝激音ロック〟は基本的に常に音量MAX! 常に高出力! 常にフルパワー(フィジカル面でも精神面でも)! でやることが善とされていて、その世界だけに生きていたらもうそれが基本動作となっているからそれ以外の選択肢など考えもしなかったのだけど、別ジャンルから来た人にとってそれは当たり前ではないし、ときに奇妙に映ることもあるという良い学びの機会になった。

話の回り道が長くなったが、だからトミー・ハートの歌い方に奇妙さを感じた母親の耳も、あながち狂ってるわけではなかったということ。

余談も余談ですが今私がやっているバンド・Nightwingsでは、「必ずしも常にフルパワーにしない」ということをいくつかある裏テーマのひとつとして、ひっそりと研究しながらやっております。

しかしトミー・ハートのボーカルに関しては、何かの雑誌かライナーノーツかで読んだのだが、ロニー・ジェイムズ・ディオを尊敬しているということらしいですね。常に全力フルパワーのヴィヴラート唱法も納得であります。

私はこのアルバムだと“When Love Fails”と“Long Gone”が好きです。

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