神保町を代表するアダルトショップ「芳賀書店」(東京・千代田区)。芳賀英紀氏はその3代目として経営に奔走しながら、SEXセラピストとしてコーチングやイベント運営にも尽力している。かつては大手音楽事務所に所属して歌手を目指していた一方で、SEXを極めんと一念発起し、約3000人もの女性と性的経験を重ねてきた。同氏の性――すなわち、セックス、持ち前の性分(さが)、そして半生(SAGA)について、「芳賀英紀の性(SAGA)」として全9回にわたり連載する。
(聞き手=杉本憲史、取材日=2021年7月15日)
芳賀英紀の性(SAGA)
【第1回】
「文化を継承する中間層が足りない。僕はそれを目指している」
――最近、SNSで色々なプレイを体験している様子を公開したり、コスプレイヤーのイベントを企画したりと、活動の幅を広げていますね。
メディアに取り上げられるアダルト業界人は多いのですが、レジェンドたる先達たちと若手の中間に位置する層が足りないと感じています。上の世代がつくってきた伝統や文化を、下の世代に伝えていく層です。
――その中間層たるべく、活動をしている。
はい。
それは僕という1人の人間が文化の継承者になるというだけの意味ではなく、そうした機能をもつ場を設けていくということも含めてです。
そのうえで、やはり下を育てていかないといけない、というのが僕の問題意識です。
若手でも、メディアに取り上げられることで摩耗しないような人が足りないと感じています。
――「摩耗しない」とは?
例えば、脳イキとかスカトロとかSMとか、エロにもジャンルがあるじゃないですか。皆が皆、それぞれのジャンルに深みなく特化し過ぎているんです。だから、メディアに1回取り上げられて終わりだったり、うまく複数回取り上げられても、その後が続かないとか。
つまり、複合型の人がいないんです。そこで、僕は体感型という方法をとって、色々なところに行ってヒアリングや実体験を重ねることにしています。同じジャンルでも、細分化された思想がいくつもあるので、そこを細かく分析したりとか。
僕のやり方が正解だというつもりはないですが、正解に向かっていこうという気構えがあれば、大きくハズすことはないんですよ。7~8割くらいの整合性は出せるかなと思います。
そこを意識に置いて、年中無休で繰り返しやっている人、というのはほぼいない。「摩耗しない」とは、そういうことを言っています。
ネタを引き出されれば引き出されるほど、僕の場合は「もっとあるよ」となるんだけど、それを飯の種にして「その分お金ください」というスタンスをとるのは違うという気がしています。お金は後からついてくるものだし。
とにかく、あらゆるエロカルチャーを分析して、どう盛り上げていくか、ということが主眼です。
とくに芳賀書店のような中小企業は、イベントをやることでお客様の声も目の前で聞けるし、演者さんの気持ちもわかるし、化学反応がどう起こるかも体感でわかる。
色々な企業が点でつくるビジネスを、僕は線にしていけると思っています。それだけでなく、点の価値も高められる人間にならなきゃいけない、とも。それが、この1年間で大きく意識が変わった部分です。
そうしたことでお役に立てるという前提のうえでなら、例えばもっとタレントとして出てくださいと言われれば、そうしますよ。おもちゃになってくださいと言われればおもちゃになるし、ファシリテーターとして司会進行してくださいと言われればやるし、人の良さを引き出すプロデュース業とかも、やらなきゃなという思いはあります。
こうした活動はすべて芳賀書店に投影していくので、人脈、ネタ、商材もどんどん増えていく。これを続けていけば、日本でオンリーワンの書店になれると思っています。
前回の取材では「坪単価日本一を目指す」と話しましたけど(*1)、今はお金じゃなくて来客数とか「行きたい特殊書店ナンバー1」とか、そういう存在になっていきたい。
――最近の活動で、とくに印象深いものは?
最近、芳賀書店では6階のイベントスペースでコスプレイヤーのイベントをやっているんですが、このイベントで発掘したレイヤーさんがいます。この子にお声がかかって、別の方が主催するイベントに出させてもらいました。僕がディレクションに入って。
内容は、そのレイヤーさんが緊縛もちょっと好きだということで、プチ緊縛ショーとトークショー。彼女はあくまでレイヤーなので過激にせず、概念を伝えるように心がけました。
今、縛られたいという女性が増えているんですよ。それに伴って増えているのが、軽く縛りを覚えて、ヤるためだけに縛りたいとかいう男。これに僕は怒っているんですよ。
そもそも僕は個人的に今まで、モノを使わずに、いかに言葉や自分という存在で相手を縛り、心を解放させられるか、という美学をもっていました。しかし、SMや緊縛関係のイベントを通して体感したのは、思い切り心を閉じた方のなかには、僕のアプローチではイベントというタイムリミットがある場のなかで時間がかかりすぎたり、痛みや苦しみが足りない人がいる、ということです。
イベントでは、女王様が皆の前で、心が閉じた女の子をバチバチしばくんです。これを見て、自分の足りなさを思い知りました。ある意味、20代のヤリチンの頃の僕だったらできてたな、という感覚もあって。改めて、人を重んじるってなんだろうと考えさせられました。
こうしたイベントが提供しているものは、〝医療の手が届かないところの医療〟だと思っています。運営側は、おそらく同じマインドをもった人間で編成されているので、他の変態イベントとは違うと思います。
SMだ緊縛だとキーワードを羅列するのは簡単ですけど、その神髄を知らないと進化させられない。諦めないでやり続ける覚悟が必要だな、と。そういう意識でいると、徐々にできるようになっていくのも面白い。この1、2カ月だけでも、すごく感覚が変わったんですよ。
――SNSで緊縛に取り組んでいる写真をアップしていますが、これは習っているのですか。
はい。
実は、最初はちょっと嫌だったんですよ。今まで、道具を使うSEXカルチャーを避けてきたという自負があるので。今思えば、自分を買いかぶりすぎだったんですけど。
道具を使わないことにこだわっていたかつての僕も是(ぜ)といえば是なんですけど、今の僕はより是になっていると思う。
緊縛を習い始めた理由は、先ほどもお話した通り、カルチャーを継承していく中間の世代がいないからです。もし先達がつくってきた緊縛という文化が途絶えて、緊縛業界が若い世代で埋まっていくと、本当に変容しちゃうなと。それはとても残念なことですから。
もちろん、先駆者がつくったものにも良いものと悪いものがあります。しかし、これらをちゃんと引き継がないと、これは駄目とかここは割愛しますということが言えない。その過程で新しいものも取り入れ、より高めたものを下の世代に伝えていく。
それをやる人がいないというのは、アダルト界隈だけでなく様々な業界での普遍的な課題なのではないでしょうか。その担い手になれれば嬉しいです。
とにかく、今の僕が考える、正しかろうことに突き進む。間違っていることであれば、わかる。しかし正しいことはわからないので、なるべく正しくあろうということを意識して、自問自答と自己錬磨をし続けているんです。
*1「新文化」3308号(2020年2月20日発行、新文化通信社)
■芳賀英紀(はが・ひでのり)
1981年、東京生まれ。神保町のアダルトショップ「芳賀書店」三代目。SEXセラピストとしてコーチングや講演活動を行い、フェチズム文化維持向上委員会も運営する。連載、執筆多数。Twitter Facebook
■杉本憲史(すぎもと・のりひと)
1986年、東京生まれ。埼玉育ち。ウェブメディア「Tranquilized Magazine」編集者、出版業界紙「新文化」記者。編著書にディスクガイド『Vintage and Evil』(オルタナパブリッシング)がある。NightwingsやWitchslaughtでバンド活動。Twitter Facebook
■次回
■2020年に行ったインタビューはこちら
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