5月10日、東京キララ社のイベントスペース・神保町RRRで『ドゥームメタル・ガイドブック』(パブリブ)の刊行を記念したイベント、「激重・激遅・激渋 VS 酩酊と幻惑 真昼間っから重低音メタル大視聴会」が開催された。イベントの前半では、『ドゥームメタル・ガイドブック』の著者である松尾信仁氏と、『酩酊と幻惑ロック』(東京キララ社)の制作者で当メディアの運営者である加藤隆雅・杉本憲史によるトークショーが行われた。両書の刊行経緯などを詳しく語ったトークの模様を、前後編にわたって掲載する。(Tranquilized Magazine編集部)

「激重・激遅・激渋 VS 酩酊と幻惑」トーク
【前編】
『ドゥームメタル・ガイドブック』を通じて見えてきたもの
杉本 このたびは、『ドゥームメタル・ガイドブック』の発売おめでとうございます。執筆に至る経緯を教えて頂けますか。
松尾 パブリブの濱崎誉史朗さんから、本書を書いてみませんかとオファーを頂いたのがきっかけです。そのメールをもらった時は、まず「自分でいいのか」という思いが浮かんできて、一回お会いさせて頂いて。それが確か2024年1月のことでした。そこで、最終的に「やらせて頂きます」とお返事しました。
杉本 僕はいちリスナーとして、中学生くらいから雑誌のレビューなんかを滅茶苦茶読んできたんです。そうすると、自分でレビュー本を書くというのは、ちょっと憧れみたいなものがあると思うんですが、どうですか。
松尾 自分も昔は「BURRN!」(シンコーミュージック・エンタテイメント)とかCDのライナーノーツとか、杉本さんの本(『Vintage and Evil』)などを凄く読んできました。でも、それはあくまでも読者として接してきただけなので、さっきも言った通り「自分で良いのか」っていうのが第一印象でしたね。
杉本 松尾さんはHebi Katanaというドゥーム系バンドを自分でやっているし、職業も「ディスクユニオンお茶の水ハードロック/ヘヴィメタル館」のスタッフです。さらに、最近はユニオンのなかでドゥーム系レーベル「Unforgiven Blood Records」も主宰しているから、むしろ適格者というか、まさに「その資格あり」という感じだと思いますが。実際書いてみて、苦労した部分はありますか。
松尾 「あとがき」に時系列で赤裸々に書いたのですが、濱崎さんと実際に会って「やってみますか」という話になってから、まずバンドの洗い出しをしました。その時点で、無数にバンドがいるんだというのを改めて認識しました。自分の予想をはるかに超える量の、こんな国のバンドもいるのかというのもあって、その作業に凄く時間がかかってしまった。そこでまず挫折じゃないですけど、また「自分にできるのか」という思いに戻りました。
杉本 松尾さんはHebi Katanaのライブの本数も多いし、そのあたりの時間のやりくりなどの苦労が「あとがき」には綴られていますね。1日5枚のレビューを自分に課す、とか。それを長期間にわたって根気強くやっていくという。
松尾 そうなんです。執筆中にも1回濱崎さんにお会いして、「この執筆は厳しいです」と直接泣きを入れたことがあります。その時に「大丈夫ですよ」と励まして頂いて、ここで諦めたらゼロになっちゃうというのもあり、何とか食らいついてやっていきました。
杉本 『ドゥームメタル・ガイドブック』はインタビューも充実しています。大御所がかなり登場していることに驚きました。こうしたインタビューは、どのような経緯で実現したのですか。
松尾 時系列で言うと、先ほどのピックアップ作業を半年くらいかけて終えてから実際のレビューに入りました。それが2024年の後半くらいでした。そのレビューが落ち着いてきたあたりで、インタビューを開始しました。というのも、最初にインタビューしてしまうと、情報が古くなってしまうというアドバイスを濱崎さんから頂いていたからです。ただ、いざインタビューするとなっても、僕だけのコネクションでは難しい面もありました。
杉本 例えば、CathedralのLee Dorrianが登場しています。
松尾 当然、僕には繋がりがないので、自分の使えるコネクションを総動員するじゃないですけれど、知り合い、先輩、上司などにご協力頂いて。
杉本 例えばどういった方ですか。
松尾 例えばLee Dorrianに関しては、Trooper Entertainmentという国内盤をたくさん出しているレコード会社の宮本哲行さんという方がいらっしゃって。その宮本さんとも僕は面識がないので、ディスクユニオンのB.T.H. RECORDSのディレクションをされている斎藤靖さんに相談して、斎藤さんに宮本さんと繋いで頂いたという。
杉本 レーベルとしてバンドと関わりがある人を仲介して、というパターンが多いですか。
松尾 そうですね。例えばCathedral、Uncle Acid & The Deadbeats、Luciferに関してはTrooper Entertainment経由でした。
杉本 『ドゥームメタル・ガイドブック』をじっくり読むと、今までになかった音楽の見方とか、薄々感じてはいたけど言語化するのが難しかったようなことが書かれていると感じます。僕がいくつか感銘を受けたポイントの1つは、イタリアのドゥームとアルゼンチンなど南米のドゥームには雰囲気が近しいものがあるという指摘です。いかがわしさというか、いかがわしさの演出方法が似通っているというか。そしてイタリアやアルゼンチンは、カトリックという点において共通点があると。
松尾 そこについては、実はHebi Katanaで村田恭基さんという『オールドスクール・デスメタル・ガイドブック(上・下)』(パブリブ)を書いた方にインタビューして頂いた時に、指摘してもらった事柄なのです。
杉本 確かにプログレなどにおいてもイタリアはGoblinとかPaul Chain関連とか、南米でも90年代前半のブラックメタルとか、このあたりは怪しさやエロスを前面に出したいかがわしい雰囲気などに共通項があると感じます。
松尾 日本に住んでいるとああいう世界観にはなかなか至れないというか、向こうの人はそうしたものを普通に芸術としてやっているというのは、シーンを見ていて凄く思います。
杉本 話は変わりますが、80年代アメリカのドゥームメタルはハードコアパンクと近しいところがあるとよく言われます。例えば、Saint VitusがSST RECORDSから作品をリリースしていたことは有名です。そこがどうして繋がっていたのかということも、本書のインタビューからよくわかりました。
松尾 その部分については、インタビューでSaint VitusのDave ChandlerやThe ObsessedのScott “Wino” Weinrichら当事者が語ってくれました。今までなかなか本やネットにはっきりと書かれていなかったことを、今回のインタビューを通じて確認することができました。
杉本 当時の米国西海岸ではヘヴィメタルというと華やかなスタイルが主流で、Saint Vitusみたいなアングラなスタイルはどちらかと言うとハードコアパンク・シーンが受け皿になっていたと。
松尾 Dave Chandlerによると、当時のメタルシーンはMötley CrüeみたいなLAメタルが出て来た頃で、Saint Vitusみたいな音楽は求められていなかったとのことです。メイクや衣装が華やかなバンドが多いなかで彼らは硬派なスタイルを貫いていて、会場によっては「二度と来ないでくれ」とも言われたとか。自分はあんまりイメージが湧かないのですが、アメリカってバンドがパーティで演奏するらしいんです。ホームパーティでプールに機材をセッティングしたりして。そこで、「君たちみたいなのはウケない」とか言われたそうで。
杉本 Black Flagが2ndアルバムからかなりテンポを落として、ストーナーの元祖と言われるような音楽性にシフトしていくじゃないですか。そのあたりも、例えばSaint Viutsみたいなバンドとの交流が影響していたのか。それとも、もともとBlack Sabbath的なものがBlack Flagの中に血として流れていて、それが自然に発露しただけなのか。
松尾 僕がインタビューを通じて感じたのは、Black Sabbath自体の精神性が非常にパンク的というか、反社会的なイメージでみられていたようで、そこにパンクスとして共鳴する部分があったんじゃないかということです。
杉本 『ドゥームメタル・ガイドブック』は地域・国別に色々なドゥームメタルを紹介する構成です。ディスクユニオンの店員としてもバンドマンとしてもシーンの最前線にいる松尾さんと、日本を代表するドゥームオタクである加藤君は、今注目しているドゥームシーンはありますか。
加藤 『ドゥームメタル・ガイドブック』にも書いてありますが、やっぱり南米だったり中国だったり。ここ10年くらいで急に色んなバンドが出て来た印象があります。
杉本 中国だと、Never Beforeはちょっと前に来日していませんでしたか。
松尾 していました。さらに言えば、5月23日から5月26日にかけて私と別府伸朗さんが共催する「Tokyo Doom Fest Vol.2」にも出演します。同じ中国からは、Demon And Eleven Childrenも来日します。

杉本 日本でも、ドゥーム系の新しいバンドは日々登場していますよね。
松尾 今、一番面白いのは日本のシーンなんじゃないかと思っているくらいです。
杉本 地域別に言うと、どんな感じですか。
松尾 僕の好みも入ってしまいますが、札幌のドブサライには注目しています。Witchfinder GeneralとかPagan AltarみたいなNWOBHMとドゥームの架け橋みたいなサウンドが凄く格好良くて。今の日本じゃないと逆に出て来ないバンドなんじゃないかと思います。中部方面で言うと、これも知り合いということもありますが岐阜のBlack Market。ライブの本数がまず凄くて、サウンドも本当に濃厚なドゥーム/ストーナーを聴かせてくれます。
杉本 中部と言えば、Eternal Elysiumの岡崎幸人さんのStudio Zenは名古屋にあります。Hebi Katanaも、2ndアルバムのプロデュースを岡崎さんにお願いしていましたね。
松尾 Studio Zenでレコーディングやミックスをするバンドは多いですね。あと沖縄ならHarakiri Zombie。サザンロック風味が入った渋いドゥームと言いますか、個性的なバンドです。
杉本 いまStudio Zenの話をしましたが、『ドゥームメタル・ガイドブック』のレビューには、レコーディングをどこで行ったとか、プロデュースやミックスを誰が務めたとか、そういった事柄が入念に書き込まれている印象を受けます。そういったところに着目するのは、やっぱり松尾さんがバンドマンだからでしょうか。
松尾 僕としてはやっぱり気になるポイントですね。例えば日本のバンドのなかでは、Studio Zenのカラーというのがすごくある。音源を聴くときにそういう楽しみ方もしてほしいな、と思います。
杉本 ちなみに松尾さんが個人的に好きなサウンドを、言葉で説明することはできますか。
松尾 やっぱりアナログ感というか、人間のナマの感じが出ているのが、個人的には好みですね。デジタルの逆と言いますか。
【後編はこちら】
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松尾信仁
東京都出身。1990年生まれ。『ドゥームメタル・ガイドブック』(パブリブ)著者。国内外で活動するバンド・Hebi Katanaでギターとヴォーカルを担当。 ディスクユニオンのドゥーム/ストーナー系レーベル「Unforgiven Blood Records」を運営。「Tokyo Doom Fest」共同主催。
加藤隆雅
1988年生。『酩酊と幻惑ロック』(東京キララ社)監修・著者。『Vintage and Evil』(オルタナパブリッシング)編集・執筆。ドゥームレーベル「梵天レコード」の元主宰者で、現在はAmigara Vault名義でディストロ運営。ブルータルマガジン「ペキンパー」(オルタナパブリッシング)元編集。杉本とウェブメディア「Tranquilized Magazine」を共同運営。
杉本憲史
1986年生。『酩酊と幻惑ロック』(東京キララ社)編集・著者。Nightwings、Witchslaughtでバンド活動。編著書に『Vintage and Evil』(オルタナパブリッシング)。ブルータルマガジン「ペキンパー」Vol.6(オルタナパブリッシング)に執筆。加藤と「Tranquilized Magazine」を共同運営。出版業界紙「新文化」(新文化通信社)の記者。